本年の受賞者

第45回(2025年)猿橋賞受賞者 上川内あづさ氏
研究業績要旨
「昆虫脳における聴覚情報処理原理の解明」
“Auditory processing mechanisms in the insect brain”


脳の重要な機能の1つである聴覚情報処理機構の理解は、神経科学・生命科学の重要なテーマの1つである。上川内氏は、聴覚情報処理システムの理解を目指して、分子遺伝学的手法を用いることが容易な優れたモデル動物ショウジョウバエに生理学・行動学・分子生物学・形態学等の多様な技術を適用し、以下のような独創的研究成果を挙げてきた。
ショウジョウバエは、触角にあるジョンストン器官で触角の様々な動きをモニターすることで重力情報と聴覚情報を知覚しているが、それぞれの情報を受け取る神経細胞は、その反応特性が異なるのみならず、両者の神経回路も異なっていた。この研究はヒトの内耳で聴覚と平衡覚が受容され異なる脳部位で情報処理されるのに類似した機構がモデル動物ショウジョウバエでも用いられていることを初めて明らかにしたものであり、動物種を超えた聴覚情報処理の原理の理解につながることが期待される。
また、コンピュータ科学と神経科学の融合を進め、画像認識アルゴリズムを利用した聴覚行動解析プログラムの開発に成功し、ハエの正確な行動解析を可能にした。これは現在、国際的潮流となっている動物行動のビッグデータ解析に先鞭を付ける成果で、この手法を最大限に活用して、以下のような画期的な成果を挙げていった。
鳥類やヒトなどでは、子どものころの聴覚経験が、大人になってからの音感に大きな影響を持つことは知られているが、ショウジョウバエでは、聴覚は先天的なものと考えられてきた。上川内氏は、若齢時期に求愛の音(歌)の刺激を受けることで、成熟期の求愛の音(歌)に応じた行動が変化することを発見した。つまり、ハエでは、聴覚の成熟は可塑的で、社会性があることを初めて明らかにした。
以前に聞いた音(歌)に応じて行動を変化させるという現象の分子基盤を明らかにする研究も進め、性決定遺伝子を発現する神経細胞が重要な役割を果たすことを証明した。
以上のように、上川内氏は、ショウジョウバエというモデル動物を用いて、動物種を超えた聴覚情報処理の原理に迫る先端的研究で優れた業績を上げ、国際的な研究者として世界的に高く評価されており、今後の研究の進展も大いに期待される。
東京都出身